Spring Carol 日々変わっていくもの
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聖歌隊と少年合唱と英国が大好きな管理人のブログ。
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大学時代に「少年と変声期」という作品を描いたことがあります。

それは、緑の中に横たわる少年の首に赤いリボンが巻かれ、そのリボンの先を飛ぶ鳥がくわえているという絵です。

その絵の感想で印象的だったのは、「声変わりがそんなに嫌なの?」という美術部の男の先輩のものです。

私としてはそのころ、トレブル(=ボーイソプラノ)が本当好きで、どうそれを表現しようかと試行錯誤していました。
好きなソリストが声変わりをむかえると寂しさを感じていました。
そうした意味では声変わりというものにネガディブなイメージをもっていたかもしれません。

私は今その絵を見ると、すごく不安定さを持った絵に見えます。『死』を連想させ、この少年はどうなってしまうんだろうと思う。
今思えば自分と重ねていたのだと思うんです。卒業後の未来への不安と。

私は男性ではないので、声変わりがどういった感覚を伴うものか分かりません。特に合唱でトレブルを担って、日々礼拝やコンサートで歌う少年にとってはどういったものなのでしょうか?想像するしかないのであやふやなことはいえませんが、気持ちが不安定になったりはするのではないかと思わずにはいられない。だって日々練習して磨いてきた歌声を失うわけですから。

私にしてみたら、色鉛筆で描いてきたのに、それが急になんらかの事情で一切描けなくなることみたいに思える。それはひどくつらいだろう。でもそれがきっかけで、油絵を始められるかもしれない。それは新しくテナーやバリトン、バスの歌声を得るのと似てないだろうか。(全然違うかもしれないですが・・・)

でも、想像するしかないので、私は聴く側の視点で書きます。

トレブルが好きという以上、私は日々変わっていくものを受け止めていかなければならないと思っています。

そう考えると、大学時代に心理学の講義で聴いたユング心理学を思い出す。『死』というイメージは同時に『再生』や『生まれ変わる』というイメージを連想させる。

ずっと変わらないものはつまらないんじゃないかと思うんです。
歌声も日々成長していくんだから、日々変わっていっていいと思う。
それはとても楽しみなことだと思うから。

少年合唱に関してもそうですね、以前の団員が変声期をむかえ、新しいメンバーがそれを受け継ぎ、現在、未来へとつないでいく。それでいいと思う。・・・もちろん寂しいという気持ちはぬぐえませんが。

合唱団、聖歌隊が存続していく・・・それだけでもすばらしいと思う。そうしたらまた素敵な歌声に出会えるかもしれないですしね。
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